ブックタイトル国際印刷大学校研究報告 第18巻|富士精版印刷株式会社 FUJI SEIHAN PRINTING Co.,Ltd.
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国際印刷大学校研究報告 第18巻
12■国際印刷大学校研究報告第18巻(2018)2、印刷教育研究日本印刷年鑑(1966年版)(4) に印刷教育の展望と題して、①日本経済と印刷産業、②印刷産業と印刷教育、③印刷教育機関の増設、④全国高等学校印刷科教育研究会の1965年の設立経過、⑤全国印刷教育研究会の設立要望などについてまとめた。全国の職訓から大学までの印刷教育機関が参加し、教材、指導法、カリキュラム、施設設備、海外交流などを調査研究する学術団体として印刷教育研究会設立を目標とし、印刷産業界、日本印刷学会などから意見を聴取し、全国の印刷課程を設置している職業訓練校、聾唖学校、高校、高専、短大、大学約70校が一致団結して設立に向けて1966年から運動を展開した。これらの結果、全国印刷教育研究会が1985年9月26日、東京の離島センターにて設立され、印刷教育研究活動を今日まで33年間、継続し、機関誌の印刷教育研究(5)発行も31号となった。初代会長には著者が就任し、8年間その職責を担い、1992年には正会員95名(発足時、66名)、賛助会員46社(発足時、28社)となり、国内では日本印刷産業連合会との情報交流会や海外との印刷教育研究を精力的に果たしてきた。しかし、1990年代に印刷産業の多様化と印刷課程での入学者減少などから各教育機関では印刷科の名称を画像、グラフィックアーツなどの科名に変更し、印刷プロパーから距離を置くようになり、印刷メディア学を担当し、印刷課程の中心となる人材養成及び教員養成も出来なくなっていった。1997年の印刷同関連業の出荷額は8兆9千億円とピークとなり、2012年には5兆6千億円へと減少し、同時に、印刷メディア系及び関連の卒業生は印刷界を敬遠するようになった。印刷メディア関連の研究開発と新商品など知的財産の出願も減少傾向にある。つまり、印刷を愛する人財が育成されなくなり、その対応が急務であった。2017年9月12日、シカゴ市で開催のprint17展の講演でF.Romano氏がアメリカの印刷企業は1995年に6万5千社が現在、半減していると報告している。日本でも1995年2万4千社(出版・印刷関連産業)から2014年で1万1千社(印刷・同関連業)に減少し、同時に、出荷額、従業者数も減少した。つまり、紙から電子メディアへの移行があるものの、印刷産業では新しい分野への進出と構造転換が求められている。そのため、毎年2月行われるpage展のOpen Eventでは人財育成に関するセミナーを継続している。更に、2000年に国際印刷大学校、2017年に国際印刷情報メディア学会が設立され、印刷界のV字回復と印刷メディア系課程の新しい教育機関の設立と更に、印刷メディアに関連する博士号取得可能なシステム構築などを目標として、本学の客員教授、賛助会員が協力して、印刷産業界の発展のため努力を傾注している。3、北九州ポリテクカレッジと印刷メディア産業印刷教育研究No.2(1987)では会員の教育機関の印刷課程のカリキュラムが掲載されている。ここでは千葉大学工学部画像応用工学科では画像概論、東京工芸大学画像工学科は印刷画像工学、九州産業大学写真製版印刷学コースでは印刷学概論、育英工業高等専門学校グラフック工学科では工学基礎、北九州職業訓練大学校情報印刷科では印刷技術概論、写真製版学、コンピュータ概論、電子製版実習などを主要学科目としていた。又、同教育研究No.3(1988)では故廣津氏が「職訓短大における文字処理教育」で文字情報と画像情報の統合を予測し、DTPの完成領域に入り、感性教育の必要性についてまとめた。1994年8月1日韓国印刷学会と印刷教育研究会が釜山市の釜慶大学校でジョイントミーティング(6)が行われ、研究発表8編の内、故廣津氏「日本の職業訓練」、木下「印刷教育の変遷」をそれぞれ発表した。1987年に設立の北九州職業訓練短期大学校情報印刷科は4年後に情報技術科に名称を変更し、印刷の要素が少なくなり、更に2002年、廃科に追い込まれることになった。国家の施策により、情報処理技術者のニーズ拡大に伴い、弱小学科は切り捨てられたといえる