ブックタイトル国際印刷大学校研究報告 第15巻
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国際印刷大学校研究報告 第15巻
『筑紫新聞』印刷文字と「諏訪神社・木彫文字」の同一性■降の全国各地の新聞について調査を重ね、木版から鋳造活字版への移行過程の全体状況を明らかにする必要がある。本研究は、印刷物の版式を判定する方法を、汎用性のある機械的操作による手法に体系化した。判定実施者の経験の程度によらず、単独の印刷物から版式判定することを可能にしており、今後、版式の分析作業を明瞭化、効率化するものと期待できる。また、同判定法はコンピューターの画像を提示しながら論証するため、結果を客観的に確認することが可能である。目視図5輪郭線照合の事例・へ・三では指摘困難な微小な形状の特徴を明示できることから、字形の異動の判定を精密化するものと期待できる。この事例を図5に示す。図5上の「へ」は、目視では字画の長さの相違しか指摘し得ないと考えられるが、輪郭線照合により字画の位置の相違(同図上・円内)を指摘し、別形の字形であることを明示した。図5下の「三」もインクの転写不良による相違ではなく、字画の位置に相違(同図下・円内)がある別形字形であることを明示した。本研究は九州大学の論文博士学位審査に提出され、2014年6月4日の公聴会で説明と質疑を行った。同質疑において国際印刷大学校・木下堯博学長より「海外に散在する未解明の古文書の版式解明に活用できる。同判定法のコンピューターによる自動処理化実現に期待したい」と評価された。また長崎市文化財課・扇浦正義学芸員より「諏方神社・木彫文字」について高い関心が示された。同史料は長崎市などにより、国の文化財指定が求められているが、過去に同木彫文字に関して「鋳造活字の種字ではなく木活字である」とする説があったことから、文化庁より疑義を呈されていた。その理由として同庁より「同木彫文字から作られた活字が使用されている印刷物が特定されていない」点が指摘されていた。本研究は分析過程において、「諏訪神社・木彫文字」の20字形が『筑紫新聞』印刷文字と一致し、2字形が『新塾餘談・初編一?四』印刷文字と一致することを明示した。この事実は、同木彫文字が鋳造活字の種字であることの傍証であり、これらの22字形に関しては文化庁の疑義にこたえたと言える。5.発展的研究の意義今後、上記の22字形以外の未検証の木彫文字に対して、本研究で行った輪郭線照合を行うことにより、「諏方神社・木彫文字」の全体像が明らかにできると考える。同木彫文字は近代日本の情報インフラの物証である。19世紀、東アジア進出を本格化した欧米列強に対し、これに伍する技術革新を成し遂げることが明治政府最大の課題であった。本木昌造は1870(明治3)年、長崎に「新町活版所」を開設して蝋型電胎法による活字量産化に着手。同年、大阪と横浜へ進出した。本木昌造系活字は1873(明治6)年に『東京日日新聞』と『横濱毎日新聞』に採用され、その後のわが国の活字印刷普及の基礎を築いた。「諏方神社・木彫文字」は、日本の近代的マス・メディアに使用された最初期の活字の「原器」と言える。この価値を評価することは、日本の文化遺産保護の見地からも重要である。「諏訪神社・木彫文字」に対する今後の発展的研究の意義を改めて確認したい。参考文献大串誠寿「『筑紫新聞』第壱號の版式と文字に関する研究」(九州大学、2014年)日本の近代活字編纂委編『日本の近代活字・本木昌造とその周辺』(近代印刷活字文化保存会、2003年)小林善八『日本書誌学大系1・日本出版文化史』(青裳堂書店、1938年)、他27